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子宮頸がんの発症を告白して、闘病生活を送っていたアイドル夏目亜季(24)が「がんを克服しました」と宣言しました

放射線と抗がん剤治療で、転移していたリンパ節のがんまで奇跡的に消滅、しかし治療の影響で子宮と卵巣の機能は失われ、将来の出産は諦めなければならなくなってしまいました

がん告白から約3か月、現在の心境を語りました

 

夏目亜紀とは

京都で1990年10月26日生まれた

2013年4月「GTO 完結編~さらば鬼塚!卒業スペシャル」に出演

2014年8月発売のアニメ作品「サクラカプセル」をPRする「看板娘」として応援歌「また会おう」を歌った

プロモーションには全国の大学生らを「看板娘」と呼ばれる宣伝マンとして使っており、その一人が夏目だったんです

2014年9月 子宮頸がんの宣告を受ける

2014年10月 入院を経てその後12月中旬まで“週5”で通院

彼女の病気はこれだけではなかった

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数々の難病と闘う

彼女の病気は子宮頸がんが始まりではなかった

17歳(2007年)「自己免疫性溶血性貧血」

日本に1700人程度しかいない「自己免疫性溶血性貧血」という膠原病の一種の難病になった

「自己免疫性溶血性貧血」とは、自身の赤血球に結合する自己抗体(蛋白)ができて、赤血球が異常に早く破壊されておこる貧血です、

自己抗体とは自分のからだの成分に対する抗体のことで、本来は、細菌などから身体を守るために抗体は作られ、自分の身体に対しては作られませんが、自己免疫疾患と呼ばれる一連の病気では、自己抗体が出現して病気が起こります

18歳(2008年)「外傷性くも膜下出血」

全治6か月の交通事故に遭い、頭部を強打し、「外傷性くも膜下出血」で生死の境をさまよった

「外傷性くも膜下出血」とは、脳を包んでいる髄膜(ずいまく)の3層のうち、硬膜(こうまく)の内側にある薄いくも膜と脳の間に出血が広がったものです

23歳(2013年5月)「声帯結節」

「声帯結節」を患い一旦休養

「声帯結節」とは、声帯に生じる炎症性の腫瘤(しゅりゅう)(こぶ)で、通常は両側に発生しますが、まれに片側だけに発生することもあります(彼女は両側にできました)

そして24歳(2014年9月)「子宮頸がん」

「子宮頸がん」を宣告、その後治療に専念していた

「子宮頸がん」とは、子宮の入り口付近、「子宮頸部(しきゅうけいぶ)」にできるがんを、「子宮頸がん(しきゅうけいがん)」といいます

「子宮頸がん」はセックスにより感染する発がん性ヒト・パピローマウイルス(HPV)というウイルス感染が原因で引き起こされます、

HPVは150以上もタイプがあるといわれているウイルスで、とてもありふれた存在で、「セックスで感染」と聞くと後ろめたく感じるかもしれませんが、HPVの感染は誰にでも可能性がありうるのです

 

 

「あなたは、もう子供は産めません」医者からの宣告にもめげない闘病生活

24歳という若さで、癌になった彼女ががんを克服して本音をポツリ…「結婚できないのかなあ…。将来、養子を取ろうかなあ」と、それでも「生きているだけでもありがたい」と実感のこもった言葉を発していました

その約3か月の闘病生活は苦悩と涙の毎日だったそうです

2014年10月の入院を経て、その後12月中旬までは週5日通院、病院では午前中に抗がん剤を点滴で打ち、午後は放射線治療

抗がん剤の副作用は思ったよりは軽く、吐き気もひどくはなく髪の毛も抜けなかったという

しかし、女性器の内側から放射線を浴びせる治療はひどい痛みが伴い、肉体的にも精神的にも、どうにもならなくなったときには「病院の待合室から外へ出られなくなり、午後10時過ぎまで病院にとどまった」といいます

彼女の腫瘍の大きさは3センチほどで、ステージは1だったが、がんはリンパ節にまで転移していたというが、血液の難病「自己免疫性溶血性貧血」を抱えていたため、手術は不可能と判断され、放射線と抗がん剤による治療を決意したのです

治療中は「死」をはっきりと意識した。がん患者のブログを読み始めると、ブログが中断したり終わったりすることもあった。「家族が代筆して本人の死を書き込んだりすることもあって、怖かった」と振り返っている

 

がんを克服した芸能人

  • 宮迫博之(44) 2012年 胃がん
  • 桑田佳祐(58) 2010年 食道がん
  • 渡辺謙(55) 1989年 急性骨髄性白血病
  • 吉井怜(32) 2000年 急性骨髄性白血病
  • 吉田拓郎(68) 2003年 肺がん
  • 渡哲也(73) 1991年 直腸がん
  • 和田アキ子(64) 1981年 子宮がん
  • 梅宮辰夫(76) 1974年 精巣がん
  • 宮川花子(59) 1988年 胃がん
  • 石坂浩二(73) 2002年 直腸がん
  • 三田佳子(73) 1996年 子宮がん
  • 鳥越俊太郎(74) 2005年 直腸がん 2007年 肺に転移 2009年 肝臓に転移
  • 柴田恭兵(63) 2006年 肺がん
  • 山田邦子(54) 2007年 乳がん
  • 小橋建太(47) 2006年 腎臓がん
  • ピーコ(70) 1989年 悪性黒色腫
  • 向井亜紀(50) 2000年 子宮頸がん

他にもがんを克服している芸能人の方はいらっしゃいますが、皆さん、辛い手術や治療を受けて、現在も頑張っているんですね!

 

 

ティール&ホワイトリボン

子宮頸がん啓発活動のシンボルとしてアメリカを中心に世界中で活用されているリボンです

日本でのティールアンドホワイトリボン運動が一般的に認知されるようになったのは、2010年代に入ってからです

子宮頸がん予防ワクチンが日本で承認されたことがきっかけだと言われています

企業やNRO法人などが、子宮頸がんの予防啓発キャンペーンを行っています

 

 

まとめ

がんという病気は、早期に発見できたからと言って助かるということではありません、また、余命宣告をされても、そこから何年も生存されている方々もいます

私の周りでも、現在も闘病生活をしてがんと闘っている方や、余命宣告を受けた1か月後に息を引き取られた方もいます

子宮頸がんは女性であれば誰でも起こりうる病気ですので、定期健診などきちんと受けていかなければと思いますね

 

夏目亜紀さんはまだ若いですので、がんの進行も早いと思いますが、がんばって克服しました

今後は、再発の恐怖と闘いながらも前を向いて芸能活動を続けていきます、そして、がん患者を支援する「NPO法人キャンサーネットジャパン」に加入する予定だそうです

「患者さんと気持ちを分かち合い、明るく精神的にケアできる人になりたい」と、がん患者が希望を持てる社会にしたいと張り切っています

私も、頑張っている夏目や、がんを克服した芸能人の方々を、応援して行きたいと思います

 

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