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ニューヨークのブルックリン美術館で現在、芸術的な靴の展示会「Killer Heels」が開催されています

昨年の9月から、2015年の3月1日まで、ロバート·E·ブルームギャラリー1階で開催されています

NYに見に行くことは難しいと思いますので紹介したいと思います

 

キラーハイヒール

キラーハイヒールは、ファッションの最も挑発的なアクセサリーである、ハイヒールの発祥から現代のピンヒールまで、歴史やそのほかの靴に触発され完成したショートフィルムなどを展示・紹介しています

 

16世紀イタリアの高いプラットフォームchopines(女性用の厚底の靴)から、華やかなピンヒールまで、展覧会はハイヒールの靴の豊かな歴史と人気の想像力を感じ取ることができるでしょう

デザイナーと着用者の両方のための自己主張ができ夢中になるものとして、そのハイヒールの靴は、スタイルと象徴のどちらもシフトし時代を超えてきました

現在ブルックリン美術館に展示されてるヒールの数は、歴史的なヒールから、世界中から女性が憧れるデザイナーのヒールまで160点以上を展示しています

 

展示されているブランドには

『マノロ·ブラニク』『シャネル』『サルバトーレフェラガモ』『ザハ·ハディドXユナイテッドヌード』『アイリス·バンハーパンXユナイテッドヌード』『クリスチャンルブタン』『アレキサンダーマックイーン』『アンドレ·ペルージャ』『プラダ』『エルザスキャパレリ』『 NORITAKA TATEHANA』『ヴィヴィアンウエストウッド』『Pietro Yantorny』などがあります

ザハ·ハディドXユナイテッドヌード

建築家ザハ・ハディドと先進的デザインシューズブランド「UNITED NUDE」によるコラボレーションシューズ

アレキサンダーマックイーン

イギリスの男性ファッションデザイナー。型にはまらないデザインと衝撃を与える手法で知られていた

2010年彼の亡き後はブランドとしての「アレキサンダー・マックイーン」は、2010年5月より、当時同ブランドのウイメンズ部門のヘッドデザイナーだったサラ・バートンがメンズ・ウイメンズ両方のクリエイティブ・ディレクターに就任して継続

 

それでは少しだけ歴史も勉強しましょう(私も勉強不足で、分かりにくいかもしれません)

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イタリアChopine

イタリア語=Chopine(厚底靴)1550-1650年まで、シルク、金属、アート

絶妙に装飾されたコルクや木材で作られたこれらのchopinesと呼ばれるプラットフォームの靴は、15-~16世紀イタリアでファッショナブルでした。

これらは多くの場合、汚れた通りを歩くので、女性の衣服を保つために着用されていたようです

いくつかのchopinesは20インチ(約12㎝)と同じくらい高かった

 

中国 満州女性の靴

中国人満州女性の靴、清朝、19世紀 コットン、サテン織りシルク刺繍

1644年(清王朝 1644年から1911年)に中国とモンゴルを支配した清王朝にいた、満州の少数派は纏足(てんそく)と言って、小さい足の女性の方が美しいと考えられていた

清朝が纏足禁止令を出したあと、満州の女性は纏足をする代わりに、高い厚底靴を身に着けることによって自分自身を区別した、満州の少数派はこの纏足に魅力を感じており、歩き方もマネしていた

※ 纏足とは、幼児期より足に布を巻かせ、足が大きくならないようにするという、親指以外の4本の指を内側に折り込み、骨折することもあり発熱を伴うが、それでも布は外さず巻き直しの際には更にきつく縛るという、足の大きさは10㎝程度で、かつて中国の女性に対して行われていた風習で、纏足の女性はうまく歩けないことから、女性支配の手段にもなっていたと考えられる

 

 フランスの靴

フランスの靴 1690年から1700年まで シルク、革

ヒールの出現は16世紀末期といい、ハイヒールの靴は騎兵が鐙から靴が滑らないように身に着けていたようです

1500年代後半の貴族のヨーロッパの男性は彼らのエキゾチックな、男性的なオーラのためにハイヒールの靴を受け入れ、1700年代初期では、ハイヒールは不合理の象徴と考えられていたようです

 

ロジェヴィヴィエ

ロジェヴィヴィエ 斜線千鳥「2014カーフ髪を秋」

  • 1930年ロジェヴィヴィエは行きつけのムーランルージュであった女性2人のために、初のカスタマイズシューズを作る
  • 1937年パリのロワイヤル通り22番地に自らの名前のブティックをオープン
  • 1957円クリスチャン・ディオールがシューズ部門を設立しロジェヴィヴィエをデザイナーに起用
  • 1954年「スティレットヒール」を制作、ヒールにメタル製のピンを埋め込むことで針のように細いヒールの形状を実現
  • 1959年「ショックヒール」をデザイン
  • 1963年「ヴィルギュル」ヒールを制作、写真のヒールのデザインがヴィルギュルです
  • 1998年死去
  • 2013年優美で曲線ヒール「ヴィルギュル」を復刻版で発表した

 

ウォルタースタイガー

ウォルタースタイガー「ユニコーンTayss」春ウォルタースタイガーの2013

1932年同社は靴の生産のための専用スタジオとして、ウォルタースタイガー、ウォルタースタイガーのシニアによって設立

ウォルタースタイガー·ジュニアは、ミラノ、ロンドン、ニューヨークで、靴のデザインを手掛ける その後まもなく

1974年パリに最初のブティックのオープンを皮切りに、世界的に有名にブランドになった

ウォルタースタイガー・ファミリービジネスは、最近では、スタイガーの第三世代 「ジュリオとポール」が会社の経営に参加し、彼らがした最初の戦略的な動きは、オーダーメイドで男性と女性のための高品質な靴の生産のためにパリでアトリエを開いた

 

レムD.コールハース

 「私は目に見えないヒールと靴を作りたかった」椅子の脚からヒントを得て、Eamzが制作された

 

サルヴァトーレフェラガモ

サルヴァトーレフェラガモ(イタリア、1898年から1960年)プラットフォームサンダル

サルヴァトーレフェラガモはイタリアのファッションデザイナーで靴をメイン商品に展開した

サルバトーレフェラガモ、ロジェヴィヴィエ、とハーマンデルマンのようなデザイナーやメーカーは1930年代に靴のファッションに上げ底を再導入

1947年に発表され、革命的と言われた「見えない靴」、ウェッジ・ヒール、フラットフォーム・ソールなどを生み出し、数々の特許を取得した

フェラガモは多くの場合、アメリカのミュージカルで見られる華やかでカラフルな衣装に触発され、1938年にこの虹のサンダルを制作しました

 

Winde Rienstra

Winde Rienstra「竹ヒール」2012年竹、接着剤、プラスチックケーブルタイ

オランダのファッションデザイナーWinde Rienstra(1981)の彼女はオランダで育ち、ユトレヒトの芸術のデザインスクールから2009年に卒業

Windeは建築、芸術と自然からインスピレーションから得た、彼女のコレクションは、持続可能性、永遠、独自性、品質とクラフトマンシップを反映している(天然素材を好む)

これは木製のプラットフォームをファセット(切子)と歯と下駄のデザインから制作しました

 

まとめ

展示会内のオブジェクトと一緒に発表されたショートフィルムです

ショートフィルムを見るとますます本物を見てみたくなりますね

 

その他にもマリリン・モンローが1959年に愛用していた「フェラガモの靴」や、シャンパングラスがイメージとなった「ガラスの靴」など珍しい作品も!

また、レディー・ガガがアルバムで着用した日本人デザイナー・マサヤクシノの作品「Chimera(キメラ)」や、「Stairway to Heaven(天国への階段)」が、斬新なデザインと彫刻のような美しさで注目を浴びているそうです

残念ながら私は現地に行けないのですが、3月1日まで開催されていますので、ニューヨークに行かれる方はぜひ、見に行ってみてください!

刺激と感動を受けることができますね

 

一般的にキレイに見えるヒールの高さは7~9センチらしくて、モデルの多くは8センチヒールらしいです(身長などバランスで変わります)

 

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