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岩手県内で終戦直後の英字新聞が見つかった!

地方紙の英字新聞は珍しくて、しかもほとんど現存されていないので、今回の発見は新聞紙の貴重な資料になると言えます

ちなみに、今まで現存確認ができるものは、岩手日報に残る製本の1部のみで、その新聞は貴重な資料とされていた

 

英字新聞が発見されたのは

今回発見されたのは、岩手県内で日刊紙を発行している岩手日報(盛岡市)が、終戦直後の1945年10月から1947年1月までの1年3か月分の英字新聞です

盛岡に駐留した米軍向けに発行した英字新聞で「SHIN IWATE NIPPO」の創刊号から50号までが、盛岡市肴(さかな)町の元洋服店主の河村祐司さん(73)の自宅の蔵で見つかりました。

地方紙での英字新聞というのは珍しく、私も地方で英字新聞を発行していたとは知りませんでした

 

新聞はタブロイド判で4ページ(タブロイド判のサイズは新聞紙の半分で、D版サイズの事です 縦406mm×横272mm)

岩手日報によると、米軍の要請で1945年10月から数日置きに発行され、1047年1月の93号を最後に廃刊したそうです

今回発見されたのは50号までですので、半分の英字新聞が発見されたんですね

これまで現存が確認されているのは、岩手日報社に残る製本1部のみで、それ以外は国立国会図書館(東京都千代田区)にマイクロフィルム化したものがあるだけだったようなので、どのくらい貴重な資料なのか!ということが分かります

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英字新聞が発行された流れは

当時、駐留米軍に米国の新聞社主の息子が中尉としていたそうですが、その中尉らを中心に編集されました

3200部を印刷し、2000部を米軍に無償提供、残り1200部を1部50銭で一般販売していました

岩手日報社の藤原誠一総務部長は「米軍に協力することで、不足していた紙が供給されやすくなる背景があったのでは」と話しています

やはり、終戦直後で物資が不足していたことで、新聞社が考えて発行に至ったようですね

 

英字新聞の内容

発見した川村さんによると、今回見つかったのは東京日日新聞(毎日新聞の前身)や岩手日報で記者を務めた父:金一郎さん(2001年に93歳で死去)の遺品でしたが、父:金一郎さんは戦前、東京外国語学校(現東京外語大)を卒業後にベルリンに留学し、英語とドイツ語に堪能だったために、英字新聞の編集に携わっていたということです

記事は、ワシントンでの労使交渉や中国大陸から引き揚げた日本人の数など、海外と全国ニュースを中心に、論説や女性のグラビア写真も掲載されていました

盛岡の小学校にストーブ用煙突が設置された話題、または鉄道のダイヤ改正など、ローカルニュースや身近な生活情報も掲載していた

 

まとめ

今年で戦後70年になりますが、当時を知っている方たちも少ない中で、とても貴重な資料ですよね

戦争を体験した人達からのお話を聞ける機会も少なくなりました

私たちの住んでいる日本で当時どんな生活がされていたのか、どんな状況だったのか、知ることができるのはこういう歴史的資料があるからですね

 

英字新聞に詳しい上智大の鈴木雄雅教授(ジャーナリズム史)は

「戦後の動乱期に地方で発行された英字新聞は他に聞いたことがない。占領下の状況だけでなく、地方の駐留米軍やその家族がどんな情報を欲したのかも読み取れる貴重な資料だ」

と話しているそうです。

 

とても貴重な資料発見に、私たちも2度と戦争が起きないためにも、戦争のことを忘れてはいけないと改めて思いました

 

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