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俳優の萩原流行(はぎわら ながれ)さんが22日午後6時過ぎ、東京都杉並区の青梅街道でバイク事故を起こし、午後7時半ごろに心房破裂のため都内の病院で死去しました。

萩原流行さんが、都内の路上で倒れているのが見つかり、病院に搬送されましたが、約1時間半後に死亡が確認されました。警視庁杉並署によると、現場は片側3車線の直線道路で、萩原さんはオートバイに乗って真ん中の車線を走っていたところ、左から車線変更しようとしたワンボックスカーと接触し転倒、後ろから来た乗用車に胸をひかれたとみられています。

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事故の状況は

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東京都杉並区の青梅街道は片側3車線で、その日は雨は降っていたが見通しのよい直線道路でした。大型バイクのハーレーダビッドソンに乗った萩原さんは、中央のレーンを走っていたが、転倒。萩原さんの後方で車を運転していた男性の証言で、事故の詳しい状況が分かった。

現場付近で事故を目撃した男性によると、事故当時は激しい雨が降っていた。事故当時、萩原さんは3車線の中央車線を走行しており、右車線の2台後方を走っていたドライバーの男性によると、前方の走行車両を右側から追い抜こうとした際に「バイクがフラフラとふらついた」。次の瞬間、萩原さんはバイクから転がるように落ちたといいます。

車を止めて様子を見に行くと、フルフェースではないヘルメットをかぶった萩原さんは、「口の両側から血を流していた」という。最初は「手が動いていた」が、警察が到着し、慌ただしく毛布をかけるなど救急車を待つ間、「途中から動かなくなった」と証言した。

萩原さんはすぐに病院に運ばれたが、その時に意識はなく、午後7時半ごろに死亡が確認されました。

警視庁では詳しい事故の原因を調べているそうですが、警視庁によると、目撃証言などから、車線変更してきた車を避けようとして転倒し、後方から走ってきた車にひかれた可能性もあるとみて調べている。萩原さんは、片側3車線の直線道路の中央を走行していたが、左車線を走っていたワンボックスカーが右に車線変更してきたため、互いにすれすれの距離まで接近。直後にバイクが進行方向右側に倒れ、萩原さんが投げ出された。上半身が右側車線にはみ出す形であおむけに倒れ、後方から走ってきた車に胸をひかれた可能性があるといいます。

2年間で4回の事故

萩原さんは、2005年にうつ病を患っていることを告白。そして、これまでに4回の事故を起こしています。まだ事故との因果関係はわかっていませんが、近年増える傾向にある「うつ病」についてご説明しましょう

萩原さんは2013年に杉並区の路上で乗用車を運転中に他の自動車と接触事故を起こして、軽傷を負わせていました。

また、2014年10月25日に杉並区西荻北3丁目で歩行中の男性を当て逃げし、約2週間のケガを負わせたとして過失運転傷害で2015年3月下旬に書類送検されていたことが報道されました。

さらに、2015年3月23日にも杉並区西荻北で大型バイクを運転中に転倒し、右腕をけがしていたことも報道されています。

度重なる事故と、うつ病との因果関係はあるのでしょうか?

2014年10月の事故当時の様子について所属事務所は「その時間帯に現場は通ったが、接触した覚えはないし、事故という認識もない」と話していたようです。

やはり「うつ病」による注意力散漫によるものと考えられるのでしょうか。

気分変調症のうつ病とは?

萩原さんも訴えていた「うつ病」とは早期発見が重要といわれています。

荻原さんがうつ病を発症したのは1991年。

気分変調症・躁うつ病と診断された萩原さんですが、一番つらかったことは『お芝居中、台詞が頭にはあるのに、ぜんぜん言葉に出てこないこと』だったそうです。

集中力も散漫になり、やる気も出てこない。ドラマで50回もNGを出したこともあったそうです。

では、萩原さんの患っていた気分変調性障害とは・・・?

一生涯で気分変調性障害を患ってしまうのは、人口の約6%とされています。約16〜17人に一人がこの病気にかかっていることになります。

さらに、気分変調性障害の患者さんの家族の84%に大うつ病などの気分障害があるともいわれています。

思春期に気分変調性障害を発症すると、単に「難しい年ごろ」「思春期の悩み」ですまされてしまうことが圧倒的に多く、自分が気分変調性障害という病気にかかっているなどとは自覚していません。また、気分変調性障害の方は、物心がついてからずっと暗い気持ちだった、とおっしゃることも多いのですが、思春期の悩みどころか、「自分は生まれながらにしてのできそこない」だと思っている人もとても多いそうです。

大うつ病性障害になる人は、明らかに「前とは変わった」「うつになった」という状態になりますので治療につながることが多いのですが、気分変調性障害の場合は、多くが思春期にひっそりと始まり、成人してからもずっと持続しているので、うつ病という病気ではなく「性格の問題」として見られていることが多いのが特徴なようです。

気分変調性障害の人の考え方の特徴として以下のような感じ方があるそうです。

・自分は人間としてどこか欠けていると思う。
・他の人は苦しいことにもしっかり耐えているのに、自分は弱い人間だと思う。
・自分は何をやってもうまくいかない。
・自分は何か、為すべき努力を怠っているような気がする。
・人が「本当の自分」を知ってしまったら、きっと嫌いになるだろう。
・「○○したい」というのは、わがままなことだと思う。
・自分が何かを言って波風を立てるくらいなら、我慢した方がずっとましだ。
・自分の人生がうまくいかないのは、自分が今までちゃんと生きてこなかったからだ。
・人生は苦しい試練の連続であり、それを楽しめるとはとても思えない。
・これから先の人生に希望があるとは思えない。

一概にうつ病といっても、色々な症状があります。

そして、治療もすぐによくなるものではなく時間をかけてゆっくりと自分と向き合うことも必要になる病気なんですよね。

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先にうつ病を発症した妻

そんな萩原さんの妻:まゆ美さんも、1988年うつ病(不安神経症・抑うつ神経症)と診断され、薬の服用とカウンセリングを開始しました。

夫婦二人でうつ病を患い、2009年に萩原さんより先にうつ病を発症した奥さんのまゆ美さんとの共著『Wうつ』を出版し、早期発見の重要性について訴えていました。

先に発症した奥さんは、萩原さんにこんな言葉をいったそうです。

「役者って仕事には心の病はつきものだと思うわ。一種の職業病だと思ってみたら?」と・・・。

萩原さんは、この言葉に救われ仕事は減らすことなく同じペースで続けてこれたといいます。

 

最後に妻と交わした言葉は

23日朝、東京都内の自宅前で「亡くなったのは2回目の連絡で知ったので、その時はあの人らしいなと思っちゃったんですけど」と心境を語りました。

出掛ける時は普通にバイクに乗っていったそうです。

奥さんのまゆ美さんもちょうど出掛ける時だったので

じゃ気を付けてね

って言いながら別れたが、それが最後の言葉になったのです。

 

涙をこらえ、萩原さんの様子を明かしたまゆ美さんですが、今後のご自身の体調には気をつけてもらいたいですね。

ご冥福をお祈り申し上げます。

 

警察の護送車と接触していた!?

事故にかかわっていたワゴン車は、じつは警察の護送車だったようです。

萩原さんは3車線の中央車線を走行しており、前方の走行車両を右側から追い抜こうとした際に「バイクがフラフラとふらついた」。次の瞬間、萩原さんはバイクから転がるように落ちたといいます。

その前方にいた車がワゴン車で、警察の護送車だったようです。

萩原さんのバイクが転倒後、警視庁の護送車に接触していたことが23日、分かった。護送車は直前に車線変更しており、萩原さんがよけようとして事故になった可能性もあるようです。

警視庁は、自動車運転処罰法違反の疑いで護送車の運転手らから事情を聴いている。

警視庁によると、事故は22日午後6時ごろ発生。現場は片側3車線で、一番左側の車線を走っていた護送車が路上駐車の車をよけるため車線を変えたところ、中央車線を走っていた萩原さんのバイクが転倒し、護送車の前輪付近に接触した。

その後、萩原さんは追い越し車線に投げ出され、会社役員の男性(59)の乗用車にひかれた。男性は「バイクが転ぶ音がして、タイヤで何かをひいた感触があった」と話している。

事故後、護送車の運転手が現場から119番した。護送車は容疑者の治療のため、高井戸署から病院に向かっていた。

警視庁は22日に事故の状況を説明した際、車線変更した車が護送車だったことを明らかにしていなかった。同庁は「事実確認中だったため」としている。

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